| 古い家ほど倒壊率が高かった |
ではこれほど多くの犠牲者を出した"凶器となった家"とはどんな家だったのでしょうか。 この大震災による住家被害は、全壊、半壊、一部破損を含めて約51万棟に及んでいます。そのうち「全壊」は約10万5000棟、約18万6000世帯、「半壊」は約14万4000棟、約27万4000世帯でした。 とくに地震発生直後に崩壊した建物の多くは、老朽化した住宅やアパートだったといわれています。建築震災調査委員会は、建築年別の住家被害を下図のようにまとめています。
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「大破」「倒壊または崩壊」した住宅についてみると、建築年が1971年以前では34.7%、72年~81年では11.7%、82年以降では8.6%となっています。つまり、住宅の建築年によって被害の状況が異なっているのです。古い住宅ほど倒壊または崩壊した割合が高いのに比べ、82年以降の住宅は、それ以前に建てられた住宅よりも被害が少なかったことがわかります。 ただし、このデータは限られた地域での結果であり、後述するように、82年以降に建てられた家でも震度7では半数以上が倒壊する危険があることがわかっています。
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| 壊れた家の特徴 |
また、建設省(当時)などが現地調査した結果によると、壊れた家の特徴は、古い住宅は1階・2階ともに崩れて全壊した家が多く、比較的新しい住宅は1階だけが崩れて、2階部分が1階を押しつぶした倒れ方が多かったことがわかっています。そして、それらの住宅は具体的に以下のような問題点があったことも指摘されています。
・壁の量が少なかった ・強い壁のほぞ抜け(図)が起こった ・壁の配置バランスが悪かった ・腐朽や蟻害が多く見られた ・瓦葺き屋根で重量が重かった |
要するに、倒壊や崩壊した家の多くは瓦葺きなどの屋根が重いにもかかわらず、それを支える柱や壁といった構造体の力が弱い(耐震性が乏しい)上に、老朽化していたということです。 逆に、ほとんど被害がなかったか、軽微な被害で済んだ住宅は、①1981年以降に建てられた住宅、②耐力壁の量、バランスが適切で、施工も適切な木造住宅、③ツーバイフォー、プレハブ住宅、構造計算が必要になる3階建て住宅、であるとしています。
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| 1981年が分かれ目 |
これらの調査結果からわかることは、1981年以前と以後で住宅被害に差があることです。1981年は建築基準法が大改正された年で、それ以降は木造住宅の耐震性が格段に強化されました(詳細は○○)。この大改正は1978年に起こった宮城県沖地震(マグニチュード7.4)の教訓から行われたもので、1981年以前の改正前の耐震基準を「旧耐震基準」、改正後の耐震基準を「新耐震基準」と呼んでいます。
阪神淡路大震災のマグニチュードは「7.3」、神戸市や芦屋市の震度は「7」の激震でした。1981年以前の旧耐震基準で建てられた住宅ほど耐震性が乏しかったことや老朽化が進んでいたことから、震度7クラスの地震の揺れに耐えられずに崩壊あるいは倒壊を余儀なくされたといってもよいでしょう。1981年以後の新耐震基準で建てられた住宅であっても、「大破」「崩壊または倒壊」している事実を認識しておかなければなりません。
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